本人にとって良かったのかもしれない

父が逝った。それもあっけなく。がんを宣告され初期だからすぐ直るという医者の言葉をいとも簡単に信じたまま。本当はすでに手遅れだった。

医者は俺達に余命3か月と告げたが、実際1カ月しか持たないじゃないか。ただそれ程苦しむ事もなかったのは本人にとって良かったのかもしれない。享年63歳。少々早すぎはしないか。

斎場の真新しい布団に眠る。そこに担当者だという喪服の男が入ってきて、一通りのお悔やみの言葉を並べた後、紙切れを広げる。見ると死亡届だった。

「まず、こちらに故人様のお名前とご住所を」そう言ってその担当者は、ボールペンを俺の前に差し出す。

「右半分の診断書の部分は医師に書いていただきますので、左半分をお書き下さい。」と一番上の欄を示す。

急に言われても父の今の住所は知らない。病院から持ってきた荷物をひっくり返して、本人の財布を見つけ免許証を取り出した。

それを見ながら、言われるがまま住所と、届出人とやらには自分の名を書いていく。